英語力ゼロからの挑戦 情熱留学

伊藤直樹
naoki_ito

学長:伊藤直樹

フィリピン留学で世界が変わる 「フィリピン留学」という言葉が知れ渡っていない2008年に初めてフィリピン留学に行き4ヶ月半の留学。その後1ヶ月半東南アジアをバックパック。
2011年に再びフィリピンに戻ってきて1週間だけ勉強をして日系語学学校ストーリシェアの新ブランチ・ネポボーディングハウスでマネージャーを3年行う。

英語なんて必要ないと思っていた私が、異国、しかも嫌いだった国のフィリピンで起業し働くとは全く想像していませんでした。
英語を話すことも想像していなかったし、異国で暮らす、起業するとは1mmも思っていませんでした。どこにでもいそうな、「普通」の一人の日本人でした。むしろ普通以下の人間でした。
ただちょっとバカで、ちょっと行動力があり、ちょっと無謀なだけでした(笑)

なぜフィリピン留学をして、ベーシックイングリッシュキャンプを設立したかをお話しさせて下さい。

■背骨を折る大事故を起こし、自分の人生を見つめ直し、世界に出ようと思った2007年の冬。この大事故が第一のターニングポイントとなる。


私はスノーボードが大好きで、特に飛ぶことが好きでした。
メチャクチャ上手いというわけではないですが、好きなものをトコトンやるタイプです。2007年、大きなジャンプ台を飛んでいて、やったことがなかった技をトライした時に失敗し、背骨の骨を骨折しました。

病院に直行し、絶対安静ということでそのまま入院しました。
病院のベッドから天井を見つめ、人生のことを考えました。もしかしたら死んでいたかもしれない。もっと大きな損傷を負ったかもしれない。
そう思ったら怖くもありましたが、本当に好きなこと、やりたいことをしようと思いました。
そこで、長年行きたいと思っていた海外に旅に出たいと考え、旅に出たら本やネットにある情報ではなく、現地の人と触れ合い、実際に会ってリアルな話を聞きたい。そう思った時に必要だったのが英会話。

当時の私はまったく英語ができない大多数の日本人の中の一人。
This ia a pen. My name is Naoki. Nice to meet you. 位しか言えない。
中学の英語の成績は3しか取ったことがなく、ほぼ英語の授業の記憶は無かった。いわゆる「普通」な中学生だった。I was a penと間違えたこともあった。

なので旅に出る前にまず英語を勉強しようと行動に出ました。

当時はmixiが全盛期でmixiで留学先を探した。 アメリカ、オーストラリア、イギリス。どれも高い。手が出ない。 しかし、「留学 安い」などで検索すると初めて見る言葉が出てきた。
それが「フィリピン留学」です。正直目を疑いました。今と違って全く認知されていない「フィリピン留学」。

しかし料金を見ると確かに安い。 欧米と比べると格段に安い。 だが、同様に、ビビった(笑)

理由はフィリピンに対して嫌なイメージ、フィリピンパブのイメージしか当時はなかったからです。
それに見つけた学校が怪しい。 しっかりとしたホームページも無い。

「本当にあるのか?」と思ったのをしっかりと覚えています。
海外には大学の卒業旅行でタイに友人と1回行っただけ。海外慣れしていない私はビビりまくりでした。

しかしもう動き出す自分を止められなかった。幸いなことに、私はバカだったので自分を止めることができませんでした(笑)
それに、当時十分にお金があったわけではない私には「格安」という言葉以上に魅力のある言葉はなかったのです。現実問題、欧米留学はコストの面で選択肢に入れられなかったのです(笑)

ただ、本当にあるのかどうかは不安だったので、身体も治ってきた頃に、実際に行ったという方にmixi上でダイレクトメッセージを送ってアポを取った。 彼は浜松に住んでいたので、金曜日の仕事終わりに、名古屋から浜松に直行しました。
話を初めて1分もしない内に実際にあるのがわかったので、私の意志は完全に固まりました。

英語ができないのはもちろん、問題なのは、海外に慣れていないこと。
パスポートすらなかったのです。そのため、やるべき事、準備することを少しづつクリアしていきました。 今より情報も少なく、ネットも携帯ではできない時代。自分自身が慣れていない、世間知らずなこともあり、かなりの時間を費やした。だが、この時に調べた事は大きな経験となりました。
ただひとつ後悔しているのは、渡比前に勉強しなかったことです。 今では全ての生徒様に、留学前には少しでも良いので準備として勉強をしてくるように伝えます(笑)

そして2008年3月からフィリピン留学をスタートしました。

■フィリピン留学でわかった事実


①マンツーマンと言ってもレッスンをただ受けるだけでは意味がない

ただ講師と喋っているだけでは英語は伸びない、むしろ、喋っているのは講師のみ。 生徒(自分)が口から英語を発しないと「英会話」「スピーキング」は伸びない。 伸びるわけがない。

②基礎(単語、時制)がないと話にならない

会話は言葉と言葉のキャッチボール。ボール(言葉)を投げなければキャッチはしてもらえない。基礎の単語力と、文法力(時制)をわかっていないとキャッチしきれない。 時制がわかっていないと「いつのこと?」、「何のこと?」となる。それでは会話は成り立たない。成り立っても相手がすごい頑張ってくれている、もしくは頭がキレる。

③発音の重要性

②の話の続きになりますが、ボール(言葉)を投げても、相手の守備範囲に投げなければキャッチしてもらえない。 発音力が上がればリスニングも上がるので、相手のボール(言葉)をキャッチできる守備範囲がこちらも広がる。 そうすることにより会話のキャッチボールが成立する。

④ライフスタイル

フィリピン留学中のライフスタイル。 勉強する派とエンジョイ派に分かれる。
他校の方ともお会いしましたが、学校によっても大きく異なる

⑤本当のフィリピン人

真面目な人が多い。だからこそ世界中に出稼ぎ労働者がいる。 フィリピンパブで働く人はごく一部。しかし日本のフィリピンパブの女性も多くが家族のために働いて仕送りをしている。 しかし、時間にはルーズ(笑)
大学を出ていると出ていないとで大きな差がある。教養の問題格差が大きい。 私が思っていたフィリピン人像はごく一部の報道やイメージから来ることで、全てではない、偏見だったと気付きました。

⑥フィリピン人の英語力

大学を出ていればアメリカンとも対等に話ができるレベル。 出ていなくても英会話は断然日本人よりもできる。しかし文法の間違いは多い。訛りも学校に行っていなかった人は強い。それでも会話はできるし英語の歌も全然歌う。

⑦英語とは

留学したからといってペラペラになるものではない。ペラペラになるのは難しい。 しかし、日常会話や海外旅行で必要な英会話は簡単に習得できる。簡単と言っても、努力、練習をするのはあたりまえ。 難しいのはマインドチェンジ。


総括すると、

フィリピン良いじゃん!

と言う結論に行きつきました。

何が良いかと言うと、英語初心者の日本人が、英語を学ぶ第一歩に最適の場所と言うことです。
そして、第二言語として英語を学んできたフィリピン人講師たちの戦闘能力の高さです。
自分たちも学んできた分、第二言語として教えるのに長けている、そして国民性の人懐っこさ・ホスピタリティーが高いのが、英語ができないことに対してコンプレックスを持っている日本人に合うのです。
ホスピタリティーが高いが故に、看護師や人を助ける仕事に従事する方が多いです。

アメリカン、ネイティブが日本人に英語を教えるとなると、「なんでわからないの?」「どこがわからないかがわからない」となる人が多いです。
しかしフィリピン人は違います。日常で一般の人でも、日本人の片言英語を一生懸命聞いてくれます。アメリカの一般人は親身に聞いてくれません。

フィリピン留学後は、フィリピンからシンガポールに渡り東南アジアをバックパックしました。
シンガポールでのやりとりはもちろん英語。 最初は緊張したが、なんとかなる。自分の言っている英語を相手が理解してくれる。これは嬉しかったです。同様に、もっともっと話せたらなとも思いました。

シンガポールではホテルのブッキングやドミトリーの同室の人と英語でお喋りをしたり、車椅子のオーストラリア人男性が迷子になっていたので話を聞いて助けてあげたりしました。
マレーシアではジョホールバルのラーキンスタジアムと言う場所へ英語で交渉し見学させてもらったりしました。
ここはサッカーの日本代表が、1997年に、初めてワールドカップ出場を決めた、「ジョフホールバルの歓喜」の舞台となったスタジアムです。
タイに入ってからは、英語が通じず、逆に不便さを感じました。一言で言えば、旅が楽しくなくなりました。
ただし、鉄道移動の際にアクシデントに巻き込まれた時は、一緒にいた白人と、どうするどうする?と作戦を練り行動を共にしました。 バックパーカー街では白人と喋ったりできたので嬉しかったです。食事中に近くに座った人に話しかけたりして会話を楽しみました。
英語はもちろんだが、自分が思っていた以上にサバイバル能力がフィリピンで付き、それがバックパック中に開花した感じでした。コミニュケーション能力も留学中に色んな方と話をしたので身についていました。
このような能力は、これから日本人にはますます必要になります。

ちなみに、このバックパックのスタート時に、空港を間違えるという大失態をしてしまいました。そこは何とかしなければと思い、英語で事情を説明、交渉し、無事に飛行機のチケットを手に入れてシンガポールに旅立つと言うアクシデントも経験もしました。
空港を間違えたのはただの(大きな)間違いです。バカですね(笑)
しかしそこから英語でどうにかするというサバイバル能力はフィリピンで生活してきたことが大きな糧になっています。

そして、バックパック中に思ったのは、英語が喋れることの楽しさ、便利さ、英語が通じないことの不便さ、そしてもっともっと練習して喋りたいようになりたいと言う悔しさです。

日常会話や海外旅行ではそんなに困らないレベルの英会話はできるようになったが、もっと高いレベルを期待していたのでした。 今思えば、理想が高かったとは思います。日本人は留学すれば英語が喋れるようになると思っていますので。 そして、留学の準備、特に勉強面が不十分だっとと反省しました。

この時の経験が今の学校運営に役立っています。
これからフィリピン留学に来ると言う方にはしっかりと留学前フォローをさせていただいております。

その後は日本に戻り、フィリピンにまた戻ると言う想いを胸に、2年半日本で仕事をしながらお金を貯めました。

そして2011年3月よりフィリピン留学の先駆けでもある日系語学学校のストーリーシェアのネポボーディングハウスマネジャーとして3年間勤務しました。

フィリピンに帰ってきて、1週間だけ英語を猛烈に勉強し思い出し、いきなり新ブランチの立ち上げを任されました。
そこでは日本人一人だけで孤軍奮闘。マネージャーとしてはそれまでのフィリピンに対する目線、価値観が通じず苦労をしました。特に、海外で働くことの難しさを実感。
役所に書類一つ提出し許可をもらうだけで日本の5〜10倍の時間がかかるなど、発展途上国あるあるを経験しました。 その経験は、ベーシックイングリッシュキャンプを運営するのに非常に役立っています(笑)

他、ネポボーディングハウスを運営していて思ったことは、あまり真剣な人がいないと言うことでした。 これは温度差を感じました。
と言うのはわたしは2008年に留学した時は、当然ですが仕事を辞め、それなりに人生を懸けて留学しました。 2011年にフィリピンに戻ってきた時は、人生を懸けて海外に来ていたからです。

人生を賭ける場所
人生のターニングポイントになる場所


べーシックインギリッシュキャンプが皆様の人生のターニングポイント、未来が広がる場所、人生を賭ける場所になるようにという理念の元、この学校を運営しています。
真剣な人は大歓迎です。 特に、ベーシックイングリッシュキャンプは初心者に強いので、真剣に自分の人生を変えたい、英語をモノにしたい初心者様に特にオススメの学校にしています。 私自身が英語嫌いな初心者から始めたフィリピン留学です。

オリジナルメソッド、発音メソッド、万全のサポート体制で完全に初心者の力になれると自負しております。英語のトータルサポートを約束します!




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発音の基礎レッスン動画 ⬇️




フィリピンYoutuber TOMOさんインタビュー動画 ⬇️


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長文最後まで読んでくれた方へ

最後までお読み頂きありがとうございました。ここまで読んでくれた方で、どうしても英語を何とかしたい!という方がいらっしゃいましたら「情熱留学希望」とお問い合わせからメッセージください。
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